ついに、70cmの鯉を釣りました。以下はそのてんまつです。
平成9年2月9日朝、やはり冬の厳しい冷え込みであった。しかし、すがすがしい快晴。
いつものように子供を和歌山の塾に送っていって、その足で根来の大門池へ直行。
こころなしか、車は普段より益々快調にエンジンの回転数を上げる。
大門池に着いたのはもう10時。ヘラブナの方には20人近くの釣り師が思い思いの
場所に腰を下ろしている。鯉釣り場に目を移すと、ここは対照的に1人として釣りをし
ていなかった。営業していないのかと思うくらいである。
「おはようございます」 店の奥さんが顔を見せる。
「おはようさん」 あいさつを返す。
「今日はさいふを忘れてきてしもた。つけでもええか?」
「ああ、いいですよ」
なるほどの常連である。
そんな始まりであった。まず、中央先端の浮き桟橋へ。ぼちぼちと釣れてくる。が、
ここのパターンでは大釣りは期待できない。次第に小鯉、小鮒が多くなり釣りづらく
なる。こうなると鯉は間引いて釣る形になる。
場所替えだ。固定桟橋から浮き桟橋に移るかかりのところに替わる。出だしは快調、
たてつづけに数尾をゲット。地元の有線放送が12時を知らせる。後ろの方のへらの
人たちの会話が耳にはいる。
「今日は釣れんなぁ」
「鯉にしたらどうや。入れ喰ってるで。」
鯉釣りの魅力はこの入れ食いと、その重量感にある。先ほどの場所とはちがい、その
釣味を満喫できるかのようにみえた。私の場合、すかりは使わない。釣り上げるとすぐ
に逃がしてやる。40cmから50cmの鯉は、冬とはいえ充分な引きをみせ、腕に疲
れを覚えさせる。ああ、これこそが私をしてこの池に通わせる最大の理由ではないか。
二十数尾を釣り上げたであろうか。そのころから、絶好調だった喰いにかげりがさし
てきた。ここにも小鮒がわいてきたようだ。小さなあたり。あわせても針に乗らない。
たまに乗れば、へら鮒の小さいやつだ。それもスレだったりする。こうなるといけない。
朝、私と前後してやってきた鯉釣りの常連客、☆★さんは$$町の○●◎屋さんであ
る。彼はいつも浮桟橋ではなく、土手の浅場にポイントを選ぶ。
「わしの釣りかたはここにあっとるんよ。」
彼の釣りかたとは、<寝浮き>仕掛けである。浮き下をわざと深く取り、餌のだんご
を底に這わす。浮きを寝かせ、その浮きをテキがもって走るのを待つのだ。この浅場で
は40cmほどの底である。まさに彼の釣りかたには最適である。彼はこの釣法によっ
て、多くの大物をしとめた実績を誇る。とくに夏場の大物ねらいにはこのやりかたが功
を奏するようだ。餌のだんごの大きさも直径5cmはあろうかというものである。大き
な口の鯉でなければ食えないと、うなづける。
「浮き釣りは苦手でなあ」
この<浮き釣り>とは我々が普通にする、浮きが立つように、餌のだんごが底すれす
れに落ちつくようにした、微妙なあたりをとる釣りかたである。彼はこれを<浮き釣り>
と呼んでいるのだ。いかさま、彼の釣りは豪快である。釣り上げられた鯉はかわいそう
なものである。すかりの中に秒速10mで投げ込まれるまでに、地面の上に放り上げら
れ、その衝撃に耐えなければならない。思えば鯉とは強い魚である。すかりから逃がし
てもらうときも藻の中でうろうろしていると、ながぐつで蹴り出されているが、実にゆ
うゆうと泳いで行くのはどうしてだろう。
「どうでぇ?」
私は彼に聞いた。
「先週よりはよお釣れるわ」
毎週来ている彼は、満足げに答えた。
さて、☆★さんの話から、本題に戻そう。釣れなくなったポイントには未練はない。
つぎのポイントに選んだのは、そう、この土手沿いの浅場である。本来この場所は釣り
をしてはいけない場所ではあるが、冬場だけ特別に許可してくれているのだ。
深いところの方が釣れそうな気がするであろう。たいていそう思う。しかし、冬の暖
かい日は、鯉はどうやら、ひなたぼっこに出てくるようである。この40cmそこそこ
の浅場に鯉が群を成しているのである。釣り堀の特性かもしれないが・・・。
釣り堀の入口近くの電柱の前によい釣り場がある。ほどよく石が配置されその上に腰
を降ろすと実に具合がよい。今日は日焼けしそうなほどの上天気。太陽のぬくもりを存
分に吸収した石は暖かく、私をもてなしてくれているようだ。<のんびりゆこう>そん
な気分にしてくれる。浮き下を40cmほどに調節し早速仕掛けを投入。・・・・気配
がない。餌をつけ、投入を繰り返す。<いないのか。そんなはずはない。辛抱だ>迷い
が生ずる。時刻はもう2時。
とっ、浮きがすうっと沈んだ。反射的にあわす。充分な手応え。もう15、6年も愛
用の竿は満月を描き、魚の動きを伝える。45cmほどの鯉が首を振りながらその姿を
現した。
それからは、まさに入れ食い。むこうほうから☆★さんの声が届く。
「そこ、どうな?」
「まあまあやで。大きいわ」
堪能できる釣れかたである。しかし、今日も55cmを超える大物はまだ出ていない。
釣り始めてから、かれこれ5時間になる。<今日はもう帰ろうかなぁ>と思いつつも、
暖かい陽射し、釣れ続ける鯉、誘惑に限りがない。新たに餌を練る。
時刻は3時15分。それまで、放り込むやいなや変化を見せていた浮きが、急に静か
になった。<これまでか?> 思う間もあらばこそ、横っ飛びに沈む。合わせる。竿が
きしむ。ぐいぐいと引き込む力強さに、大物を確信。緊張が走る。数度の締め込みの末
どぼん、どぼんと体をくねらせてよってくる鯉をタモに入れる。55cmを超えている。
賞金モノだ。店のおばさんに測定してもらうと、57cm。やった!!ふるえる胸を抑
えて、再び釣りに。
「ちょっと足りないかと思たけど、あったわ。57cmや!」
☆★さんには、そう伝えた。彼の顔にはあせりがある。
釣りとはおもしろいものだ。
しばし呼吸を整え、釣りを再開。余韻の残る中、釣れる鯉はやや小ぶりに思える。
<まあ、いいか> そんな気分に成れたのは、57cmの鯉のおかげであろう。
時刻は3時35分。あたりが遠のく。1、2投の空振り。<終わりか?> 投入後、
浮きに変化がない。<餌がとれたか?> とっ、浮きがつん、つん。小さいがゆったり
とした、ア、タ、リ。あわせる。重い。重い。ぐううん、ぐううん。糸が張る。竿は弾
力を失ったようだ。重い。水面に魚影が映る。何???? でかい!!! ウウッ..
どっぼん、どっぼーん。深く腹に響く水音。でかい。体を左右に振るヤツをそおっと、
よせる。口の直径は7cmもあろうか。頭ときたら、まるでブリのようである。しかし、
意外と素直。タモに頭を導く。入った。いや、入ってない。その体長の半分もすくえて
いないではないか。いけない。瞬間、テキは身をよじらせ、タモをはねのけた。走る。
むちゃくちゃとは、このときの状況のためにある言葉である。竿を立てる。針がはずれ
ていないことを祈る間もない。テキの動きは竿をひったくり、ためる我が手にありった
けの力を要求する。すでに、テキの重量で弾力を失った竿にどうしてこの非常事態を回
避する余裕があろうか。
「バキッ」 カラ竹を割る音。
一瞬の空白の時が流れた。握りしめた竿に重みがないことが何を意味しているのかを理
解するのに、それほどの困難はない。4本継ぎの先半分の2本が水面を泳いで行くのを
見ても明らかである。残りの2本を手に、茫然と立つ私のひざは、ふるえていた。
「どうしたん? わしもそっちへゆくわ。こっちあかんわ」
☆★さんが、話しかけるが、答える余裕はない。
<どうしよう? どうしよう? どうしよう?> これほど真剣に考えたことはない。
はるか、遠ざかる竿はさざ波を尾に引いている。まだテキが針をくわえているのは明白。
とうてい見失うものではない。その行方を眼で追いつつ、浮桟橋に近づくことを祈る。
もし、浮桟橋の下でもくぐろうものなら、竿先をつかみ、テキを釣り上げる。それぐら
いの執念はまだ失っていない。ともかく、浮桟橋へ。一番奥の先端へ。
テキの動きが止まった。はずれたか?いや、浮きが浮いてこない。用心深いヤツは、
池の真ん中近くでひそむ作戦に出たようだ。浮桟橋からの距離は、約10m。竿先は浮
いたまま動かない。持久戦か。運だけか。
次なる私の作戦は、そこにいたアベックの釣り人から授けられた。
「店にリール竿あるで」
店へ。
「リール竿貸してぇ。竿先流してしもたんよぉ」
鯉が付いてるとは言わない。
なんと、三本錨のひっかけ針を糸の先に結わえ付けたリール竿があった。
<いける、いけるで> 喝采である。はやる気持ちを隠し、努めて平静を装い、桟橋へ
向かう。
すこし右へ動いていたが、さほどの変化はない。キャスティングには腕に覚えがある。
だてにブラックバスをやっているのではない。「ビュッ」 竿先と糸の方向に見当を付
け、ねらいあやまたず、糸の向こう側に着水させた。ひっかけ針が沈む頃合を見計らう
ことも忘れない。浮いた竿に変化がでた。ゆっくり巻き上げにかかると、次第に重みが
伝わる。うまく行ったようだ。竿と先に結んだ糸のつなぎ目にかかり、バランスがとれ
ている。重い。そおっと。そおっと。よせてきて、....。竿先を....つかんだ。
おおっ。が、油断はできないのは、ついさっきの経験で学んでいる。短い竿先を持って
いても、らちが開かないのは自明。糸をつかんで引っ張る。ここが、正念場である。
無理をしないように。テキを刺激しないように。息をころす。タモは先の作戦の提供
者にまかせた。
彼は「ばらすなよ」と、どちらに言うともなくつぶやく。
「頭から」
祈る気持ちで私は言った。
タモにはいるのと糸が切れたのは同時であった。
でかい、でかい。改めて見直す。さすがこの格闘劇の主人公であると、そのぼってり
とした太い魚体に感心をした。ある意味での威厳を感じたものである。
店での計測の結果は、70cm。今年一番の大物である。店の掲示板の一行に
70.0cm ○○○様
と書かれたのであった。
本日締めて、200+500=700円の賞金を獲得。
かくして、今日の釣行を終えたのである。